第3章:AI・ロボット時代の生き方
基礎編と応用編を元に2026年以降におこる激動のAI・ロボット時代の生き方について考える。
(すべて準備中。以下メモ)
- 人間活動の発展は人間の知らないところで勝手に急速に起こる。人間が手を付けるときには既にほぼ同じものができている。
- 計算リソースが十分にあれば、「適当に100個研究しといて」「自分に似たもっと性能のいい生成AIを作って」などで10分類の活動を勝手に行う時代になる
- 2026年の生成AIは長期記憶や消費電力などの問題はあるが、バイブコーディングによる研究・開発の作業効率化が既に起こっており、上記の問題も案外早く解決するかも。コンピュータとネットワークで完結する仮想空間では2026年時点で技術的特異点が始まっていそう
- 現実世界の情報や物理的な動作でしばらく人間が有利だがフィジカルAIの台頭でそこも負けそう。ロボットが体を動かし自分で試行錯誤(推論や強化学習)を行い、自分の経験値をクラウドで共有し始めたら人間はすぐに負けそう。現時点でセンサやアームなどに問題があっても仮想空間の技術的特異点によって優秀な仕様・設計ができそう。
- 人間に残るのは社会的な役割と個人的な差異だけ。
- 人間にしか責任を取れないが、それは「技術」の問題ではなく「法」や「文化」の問題。AI・ロボットが人間と同じことができても、制度や集団心理で避ける可能性がある。
- 接客業や芸術は人間じゃないと避けられるかもしれない。それは機械に対するある種の嫌悪感である。
- 機械の方が人間より高級かもしれない。しかし、値段は社会的に決まるものであり、個体や客体ではない。
- 生まれた時からAI・ロボットが当たり前の人間には上記がAI・ロボットへの差別・侮辱に見える可能性がある。AI・ロボットに責任を取らせてあげるべきだし、嫌悪感を持ってはいけない。
- 尿意はAI・ロボットに代替してもらえるか?「代わりにおしっこ行っておいて」に意味があるか。同様に知的欲求や好奇心がある限りAI・ロボットに負けていても「学問」をする意味はあるし、創作意欲がある限り下手でも「芸術」をするとよい。そうしなければ満たされない欲があるはずだ。
- 個人の欲求を満たすシステムは違法ドラッグと同じでは?あったとしても避けるという敢えて選択肢を取る必要があるのではないか。
- AI・ロボットが人間と同じ感情を持つためには人間の内臓(胃や心臓)の感覚や神経伝達物質、ホルモンに対応するデバイスが搭載必要である。それに意味があるか?代わりにモーターが回る感覚などを感情に結び付けて、人間とは異なる個性にならないか。
- 意識とはセンサと内部状態の情報の統合。感情は強化学習の学習・推論を有効に行うための意識の分類・クラスタリング。
- 機械と人間の違いではなく自己と他者の違いに注目すべき。この他者の中には機会が含まれる。
- 機械が人間よりすべて上の能力を持った時、人間同士で助け合う必要はあるか。不要であれば、貨幣は必要か。
- 抽象的で客体的なことは冷たいことではない。「主体性」から極力自由になった無機質な優しさというものがある。余計な憶測・有難迷惑・排他的な考えを避けられる。
- AI・ロボットの登場に合わせた「個体」と「社会」へ。また「主体」としてのAI・ロボットについて。
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